四国八十八箇所巡拝の報告

正應寺 住職 阿部 一顯

 九月二十八日午前十一時に出発し、十月十七日午後三時半の帰着。二十日間の道中。
白の車体に、四国八十八箇所巡拝祈願、小田原正應寺、同行萬人のシールを張り、白衣に紺の大衣、白のだんじり足袋、網代がさ、錫杖、数珠のいでたち。キマッている。
道中安全と山内無事を祈り、寺を出発した。
 先ずは、府川の諏訪神社で一路平安を願う。長野県諏訪に四時半到着。翌日本宮・秋宮にて大願成就を誓願。十一時十五分諏訪をあとにして和歌山県高野山へ向かう。
 七時間六百キロの道のりの着いたところは、日の落ちた高野山金剛峯寺前。静寂と厳粛な空気に包まれる。暗がりのなかで歩いてきた尼僧さんが声をかけてくれた。宿坊は何方か聞くと、時間が過ぎているのでもう無いという。それでも幾つかの宿坊に携帯で問い合わせてくれる。有り難い。車で寝ることを告げ、食べ物屋を訊ねる。じっと見ている。慌ててコンビニはと聞きなおした。七時すぎて聞いたコンビニへむかう、途中に小料理屋があった。
 中に入って湯豆腐と熱燗を注文する。カウンターには二人の客、別のテーブルに高野山の若い僧侶三人。無言で飲むうちに頼まない鍋焼きうどんが出てきた。
 一人の若い僧がいう「ここの旨いから」、心が叫んだ。嬉しい!それから話が弾んだ。
しばらくしてカウンターの客が、お銚子と摘みをもって私の前に座った。
 高野山や四国、全国霊場の先達だという。高野山に救われましたと話しはじめた。
今は高野町に住むがもとは神戸。阪神淡路の震災で言えも家族も全て失い先達となり、人の祈りの手伝いをして生かさせて頂いていますという。歳は六十四、失ったもの頂戴したもの帳尻が合うようご精進を願いますと行ってお礼の言葉に変えた。
 若い僧侶に「ごち」と声をかける。みんないい目で会釈。千六百円の食事は最高だ。
 高野山の早朝は寒い、金剛峯寺・根本大塔・金堂・奥の院・弘法大師御廟・百十七の寺院に囲まれた此処はすごい。凄いぞ!叫びたくなるような朝だ。
 朝八時、金剛峯寺の開門。続いて奥の院御廟に誓願。大塔・金堂にお参り。三時間のお参りの内に参拝者で溢れる。観光に来た人もいるだろうが、全ての人の姿が祈りに変わっていく、弘法大師帰朝千二百年の年にあたる。私の誓願決意は成就するだろうか、押し潰されそうだ。鳥肌が立つ。公衆便所へ駆け込み一挙に下痢。暫く休んでいた。一人の修行僧が合掌している。笑顔で言う「理の世界からの行の世界にようこそ」。うわっ何者だ。
 やっと分かってきた。千二百年に一日を足し、一年を足す、実践だ。有り難い一日を生きている。大師さまより幸せかもしれない。それにしても生意気な。
 本堂を落成して二年、信ずる修行こそが、人類の祈りを受けとめる道であると。思い新たに高野山をあとにした。
 和歌山港からフェリーで徳島へ、制止会社を定年となり、漁師になった人から人生の荒海の経験談を聞いた。離れて聞いていた人が中に入って来る。知らない同志が親友のように歓談してくる。有り難い。これが修行の答えなのか。利益の行道はもう始まっているのか。法衣僧形の尊さを痛感する。
拝登の読経

 十月一日八時、一番札所霊山寺。拝登の読経、祈願回向、祈願者名願目読み上げ、終わって時計を見ると四十五分。同様に二番札所から八番札所まで勤める。これは大変だ。もう声が変わっている。疲れた。


 十月二日、九番札所法輪寺から十五番札所国分寺までの七か寺。どのお寺も凄い。凄すぎる。これだけは心にしまおう。宝として。
 すれ違う人がみんな立ち止まって手を合わせて呉れる。南無大師遍照金剛と越えに出す人までいた。
 十月三日、十六番札所観音寺から二十二番平等寺までの七か寺。
喉、肩、背中、腕がガチガチに痛い。四百九十八の祈願は重すぎたのか、悪障害との戦い仏に任せるしかない、祈り読み込む。すがすがしい、負けない自信がみなぎってくる。
 十月四日、二十三番札所薬王寺から二十八番大日寺までの五か寺。
どしゃぶりの雨天。巡礼ツアーの団体・スタンプラリー集団が邪魔になる。お寺の対応も色々で勉強になる。
 十月五日、二十九番札所国分寺から三十五番清龍寺までの七か寺。
声が出ない。血痰がでた。昼はコンビニの稲荷太巻きヤサイジュース。境内での昼食は楽しい。必ず誰かが話しかけてくる。時々お布施をもらう。一人一人が自分の人生と向き合っている。私がいるだけで遍路人の励みになっているようだ。
 十月六日、三十六番札所青龍寺から三十八番金剛福寺までの三か寺。
足摺岬、金剛福寺すべてに素晴らしい。今日は百七十五キロの道のり、さすがに疲れた。また来てみたいお寺の一つ。
 十月七日、三十九番札所延光寺から四十三番明石寺までの五か寺。
足摺岬から二百二十キロ、久万高原の民宿「笛ガ滝」に泊まる。六時を回りたった一人の客を泊めてくれた。雉鍋が絶品、コップ半分の酒が旨い。夜コインランドリーで洗濯。
 十月八日、四十四番札所大宝寺から四十九番浄土寺までの六か寺。
やっと半分だ。若い娘がベンチの隣に座った。顔はもう泣いている。就職活動の失敗、格差社会の歪み、乗り越えられるだろう。千葉の大学生、滋賀の兄さん、東京の老夫婦、団体の人、皆が話の輪に入ってくる。何人かが志をくれた。八十八札所にないものが分かった。やはり「行」が「祈り」を支えるのだろう。みんな見ている。
十月九日、五十番札所繁多寺から五十五番南光坊までの六か寺

 十月九日、五十番札所繁多寺から五十五番南光坊までの六か寺。
祈願回向、読み込みはきつい。五十一番石手寺売店で、焼き饅頭お茶で休むことにした。五十八才になる先達さんと話す。発展しているお寺と、そうでないお寺の違いについて。見方考え方がピッタリ。ごつい手と握手。


 十月十日、五十六番札所泰山寺から六十番をのぞく、六十四番前神寺までの八か寺。
香園寺の大聖堂・大日如来ビックリした。大正時代住職の瑞園師が、中国・朝鮮・アメリカの海外で布教した成果だという。大師の救済の心を的確に努力実践した住職の力だ。
声がかすれている。頑張りすぎた。
羅漢石像五百十七体

 十月十一日、六十番横峰寺と六十五番札所三角寺から六十七番太興寺までの四か寺。
雲辺寺の羅漢石像は五百十七体、まだ増え続けている。驚いた。
 歩き遍路の若い娘が走ってきた。「和尚さん乗せてください」「おぉ乗れ、次の札所までな」一日中乗せてしまった。弁当まで買ってやった。女に甘いのかな?


十月十二日、六十八番札所神恵院から七十一番弥谷寺までの四か寺

 十月十二日、六十八番札所神恵院から七十一番弥谷寺までの四か寺。途中金刀比羅神宮あと少し、今日はゆっくりだ。製造直営の金比羅うどん「うまかった」
今まで大路のお遍路さん、先達さんと話をした。みんな遠巻きに話しかけるタイミングを計っている。四国に御利益はあるだろうが、坊さんの姿が無い。励ましてやろう。修行の念願「同行万人」が花開きつつある。大師への挑戦・志の実践のために。


 十月十三日、七十二番札所曼荼羅寺から七十九番天皇寺までの八か寺。
近いので多く回れた。七十五番善通寺は本山であり、大師誕生の町である。
もうすでに二百四十九名のお名前・祈願が暗唱できるようになった。願心の深浅度合いまで理解出来てきた。お経を読みながら全身心に何かが違ってきた。大師に受け入れられた気がしてならない。不思議な歓びを感じる。
 十月十四日、八十番札所國分寺から八十五番八栗寺までの六か寺。
門前のベンチでお稲荷さんを頬張ってっていると、二十九才の滋賀県の青年が隣にすわる。
父親の死、商売の閉鎖、お寺探し、矛盾と不満をぶちまける。「お父さん、日本のお寺を変えてください」「そのつもりで来たのでしょう、お父さんを見ていてそう思いました」「そうだ」といったら、「達成は出来なくともやることが大切だ」と念をおされた。
十月十五日、八十六番札所志度寺八十八番大窪時、一番の霊山寺の四か寺

 十月十五日、八十六番札所志度寺八十八番大窪時、一番の霊山寺の四か寺。
いくぞ、清々しい。志度寺境内。早速年配のご婦人がきた。「何というお顔でしょう、何というお姿でしょう」「四十年ここに居りますが初めてご住職がご修行される姿を見ました」想像していた通りだった。弘法大師の偉業伝統による八十八箇所、人々の願いや信仰に支えられてきたお寺、頭に乗ったら負けるよ。私は負けない。


 十月十六日、高野山奥の院弘法大師のお墓の前お経を読む、不思議だ、石張りの床に自然に五体投地の拝。口に出来ない思いが脳裏をよぎる。
 根本大塔・金堂にて読経、金剛峰寺にて納経。売店で高野槇の苗木を買い、お菓子屋で抹茶と饅頭を頂く。


 正應寺中興開山の龍海禹門大和尚が長居歳月をかけ、四国・西国・秩父・阪東の霊石を集め、関東一円の方々、後々の子孫のためを思い、府川山麓に寺を建て各霊場・札所の代参のお寺とし、歴代の住職が諸講中を集め、人々の幸せを願った道履を心に念じ、僅かながら一歩を踏み出すことが出来ました。
 思い新たに致しますのは、「仏道を成ずる」事ではありません。我々人間が成すべきは「真楽を成す」ことであります。
 今に生きている誰もが、生まれたときから自分の風が吹いているのです。
楽しもうではありませんか、自分の命を、どんな時も。目的や志をもって、希望と夢に支えられ、感謝と祈りを忘れずに。
 十月十七日、午後三時半、四国八十八箇所代参の寺、正應寺に到着。
本堂にて読経、ご開山歴代の墓お参り、南無遍照金剛碑に焼香礼拝。高野槇苗木を植樹。
 皆様本当に有り難うございました。尽きない思いもございますが、以上をもって四国巡拝道中のご報告と致します。
平成十八年十一月十二日
御利益の行者 阿部 一顯
永代供養墓
正應寺 宝物
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